-DAMDELION-
歓楽都市ラノン。
この街には不似合いなほどの穏やかな春の日差しが、機械的な光の合間を縫うようにして降り注いでいる。
その日は珍しく「表」の気候が良くて、普段なら防護フィルターに覆われている「街の空」は、久方ぶりに本来の色を取り戻していた。
夜の街、恋の街とも呼ばれているラノンであったが、今日ばかりはそんな妖しげな雰囲気も薄れているようだった。
そんなうららかな日差しは勿論、歓楽都市の貴公子と呼ばれる彼にも影響しているのであって…
「好い空だな…」
薄暗い路地裏からふらりと現れ、艶やかな黒髪を掻き上げて呟く。
青い空を見上げて微かに目を細め、彼は軽く息を吐き出した。
嫣然としたその動作も、普段の薄暗いラノンの照明下でならば妖しげな雰囲気を醸し出すのだろうが…。
いつもの含んだような笑みでなく、穏やかな笑みを微かに浮かべて歩き出した彼には、生憎そんなつもりは毛頭無いようだった。
淀みのない外気を愉しみつつ、滑らかな装飾と色で彩られた街路をゆったりと歩む。
色硝子をマーブルに曇らせたような敷石や、水晶宮を思わせるような美しい街並みには、決して自然の緑が混じることはないけれど、それでもこの街は美しく見えた。
それが例え虚飾に覆われたものであっても、彼はその美しさを気に入っていた。
(刹那の儚さと、永遠の脆さ…此処にはその両方がある)
そんな事を考えながら、小春日和の中、散策を続ける。
――と。
雑踏を縫う、甲高い笑い声。
「――うから… …に、あげようね!」
「アタシが見つけたんだよっ」
それを追い掛ける、リズミカルな軽やかな足音。
この街に不似合いな…そんな事を思いつつも、楽しげな子供の声に彼の口元は自然と綻んでいた。
「ちっかみっち、ちっかみっち♪」
歌うような、跳ねるような少女の声と、二つの足音が重なる。通り過ぎてゆく彼女たちを、彼は立ち止まって見送った。
一人の少女の手には、何処で見つけたのか小さな黄色い花が握られている。
「おっかあさんにっ、おっみやげっ♪」
嬉しそうにはしゃいで通り過ぎる二人の服のそこかしこには、べっとりと泥がこびりついていた。恐らく、密かに街の外へ抜け出してきたのだろう。花は良いが、あれではきっと彼女たちは母親に叱られるだろうに。
(――だが…)
そんな日常が、この街ではどれほど貴重なことか。
「急がないと萎れちゃうよっ!」
「よぉしっ、まっはだっしゅー!」
切羽詰まった声の後、弾むような足音はバタバタと騒がしいそれに変わる。
緩やかに笑んでそれを見送り…
彼はふと、澄んだ青空を見上げた。
周囲のきらびやかな装飾が、急に色褪せて見えた。
(虚飾の美しさも、嫌いではないが…)
穏やかな笑みを、街並みに向ける。
「今日は、良い日だ」
そう、呟いて。
片足立ちして軽く、とん、と跳ぶ。
先程通り過ぎた、少女たちのように。
end..
<戻>
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