Limitted memories
Final FantasyZ
飛空艇ハイウインドのエンジン音が、夜の大気を震わセてブリッジに響いている。白銀の月明かりとメテオの赤黒い光に照らされて、大地はゆっくりと鳴動しているようでさえあった。
艦橋の手摺りに身をもたせかけて地上を眺めながら、金色の爪を帯びた腕で無造作に前髪をかきあげ、黒髪の青年は紅焔玉の瞳を物憂げに伏せた。
(…眠りたくない…)
不意に襲いかかってくる睡魔の誘いに耐えうるのは、その一念があればこそ。
原因は分かっている。夜毎の死の内で絶え間なく彼を苛ませるあの悪夢…決して消えない罪の償いと分かっていても、本来なら安息を得られる筈の時間は既に無い。
(ルクレツィア、私はキミを…)
手摺りを掴む手に力が篭もり、伏せていた視線を上げて夜空を仰ぎ見た、その時だった。
「う〜…キモチ悪…」
船内へと続くドアの開く音に紛れて、聞き慣れた声が響いた。
「どうしてアタシがこんなコトまでして…って、ヴィンセント!? 何でココにいんの?」
怪訝そうに振り返った彼に気付き、少女は驚いて声を張り上げる。…が、すぐにその顔色は曇る。
「ダメだ…やっぱりキモチ悪い…」
「…大丈夫なのか?」
その場にしゃがみこむ少女に、彼は困惑しつつも声をかけた。
クラウド同様、彼女が船酔いすることは知っている。もっとも、クラウドは常に動き回って何かをしているせいか、彼女ほど苦しそうではないが…。
「…大丈夫だったら、こんなトコ、来ない…」
「そ…そうだな」
思わず頷くヴィンセントを、ユフィは屹と顔を上げて睨み付けた。
「ナットクしないでなんとかしてよ! アンタ歳と経験だけは一番なんだから…なんか楽になる方法、知らないワケ!?」
船酔いしているとは思えないほどの剣幕で食ってかかるが、当のヴィンセントは特に何の反応も示さない。
「…それだけ喋れれば大丈夫だと思うが」
「そーじゃなくって! 声かける他に、背中さすってくれるとか、色々――っ」
そこまで言って言葉につまる。本当は、ヴィンセントと話し始めた時点で気分の悪さは消えていたのだ。それでも未だ気持ちが悪いふりをしているのは、彼に構ってもらいたいからだと…今更ながらそれに気付いて。
(アタシ…コイツのコト、好きなのかな…?)
「――ユフィ?」
急に口を閉じたユフィに、ヴィンセントは些少躇いながらも傍に膝を付いた。
「気分が悪いなら、部屋で休んではどうだ? 少し眠ればまだましになるだろう」
「…ん」
顔を隠すように俯けたまま、ユフィは微かに頷いて立ち上がった。
「…アタシ、邪魔みたいだね」
「――?」
怪訝そうに眉を顰めるヴィンセントと目を合わせないようにしながら、呟くように言葉を続ける。
「ココにいちゃ、いけないみたいだし…」
「何の事だ?」
「…………」
不意に押し黙ったユフィを訝しげに見つめ、ヴィンセントはついと立ち上がった。
「私はただ――夜毎悪夢に苛まされる…そんな自分に少々嫌気がさしただけだ。それ以外、ここにいる理由はない。」
「…また、ワケわかんないコト言って…」
呟くユフィの声が、何とはなしに寂しげに響く。
「…昔の女の人なんか、忘れちゃえばいいのに」
「それは出来ない相談だな。」
切り返すように言い、彼は風に乱された髪を無造作にかきあげた。
「ルクレツィア…彼女を守れなかったのは私の罪だ。この身体も、悪夢も…そしてセフィロスを倒さねばならないのも、彼女を守れなかった私に課せられた罰…」
ふっと虚空を見つめるヴィンセントに、ユフィは思わず苦笑を浮かべる。
彼は真剣なのだろうが、詳しい事情を知らぬユフィにしてみれば戯言以外の何ものでもなかった。
「どーでもイイけどさぁ、そんなコト考えてばっかで疲れない?」
「……お前には話すだけ無駄かも知れんな。」
呆れ顔で返された言葉に、些かむっとする。
――が、そんな気分はヴィンセントの次の言葉にかき消された。
「すまない…彼女の事は私だけの事情で、ここに持ち出すべきことでは無かったな。」
それは、その声が余りに弱々しく、その表情が余りに痛々しかったからだろうか。それとも、彼の紅焔玉の瞳がいつにも増した深い悲しみを湛え、俯いたその横顔がただ美しすぎたから…?
「そんな、アタシは別に…」
「気分が悪いのだろう? しばらくここで風に当たって行くといい。」
言いかけたユフィを制してそう言うと、ヴィンセントはその横を擦り抜けて船室へと続く扉に手を掛ける。
「私は部屋に戻ることにする。…何かあったら来るといい。」
「ちょ…チョット待ってよ!」
慌てたユフィの声に、扉を押し開けて船内に戻ろうとしていたヴィンセントの動きが止まる。
「まるでアタシが追い出しちゃったみたいじゃない! 別にここにいたっていいんじゃないの!?」
「お前に気兼ねしたわけではない。」
「だったら、話の相手くらいしてよ! アンタの話聞いてるだけでも、少しは気分、紛れるんだから…」
変化の見られないヴィンセントの表情に、ユフィの声がだんだん細くなる。
(…怒らせちゃった、かな…)
再び顔を俯けたユフィに、ヴィンセントは動きを止めたまま口を開いた。
「私の話を聞いたところで、お前には何も分からないだろう、ユフィ?」
「そんなの、わかんないよ…」
「…お前はまだ若い。私のような人間を理解するには早すぎる。」
「な――」
言い放たれた言葉に絶句する。
「何だよ、エラソーにっ!」
気付けば、そんな言葉が口をついていた。
「理解してもらおうと思ってもいないクセに! 自分だけが不幸みたいな顔して…っ」
唖然と自分を見返すヴィンセントの視線が痛い。
けれど、流れ出した言葉は止められなかった。
「アタシだって辛いんだから! ウータイのコトも、神羅のコトも、それに――」
「ユフィ…?」
「アンタみたく鈍感でキザで、中身ばっか歳取ってる奴なんか好きになっちゃうしっっ!」
「な――に…?」
唐突な言葉に対応が遅れる。
自分を見つめるユフィの目は真剣そのもので、普段の彼女の面影とはまるで違って見える。
「今…何と?」
「知らないよっ」
素っ気なく言ったユフィが俯いたのは、今までとは全く違う意図によるものなのだろう。
理由は分かりすぎるほど分かっている。けれど――
「アタシ、もう寝るから…オヤスミ」
「待て、ユフィ。」
自分の脇を擦り抜けようとするユフィを、ヴィンセントはその金属の腕で引き止める。
「私は――」
「返事なら…分かってるから、いい。」
呟かれた声にぎくりとする。
おそらく、言おうとしていることは同じだろう。
――ルクレツィアを忘れる事など出来ないのだと――
「…すまない。」
掴んでいたユフィの腕を離し、ヴィンセントは彼女から視線をそらした。
他に言葉が見つからなかった。慣れていない事だし、何より経験のない事だったから。
「本当――すまない…」
「…アタシは、ね」
ヴィンセントに背を向けたまま、不意にユフィが口を開いた。
「アンタが誰を好きでもいいの。ただ…ね、ただ――そばにいたいだけだから。…ダメ、かな?」
「…………」
沈黙したヴィンセントに顔を向け、いつもと変わらぬ明るい笑みを浮かべて見せる。
「何かあったら来るといい、って言ったよね。」
「…? あ、ああ。」
わけが分からないまま頷いたヴィンセントに近付き、ユフィはすっと手を伸ばしてその腕を取った。
「ヘヘ…一緒にいていいでしょ? ヤだなんて言わせないからね。――もう離れないから。」
「…ユフィ。」
咎めるようなヴィンセントの口調に、ユフィは上目遣いで彼を見上げる。
「一緒にいるだけ、だよ? いいよねっ!」
「………好きにしろ。」
深々と溜息を吐きながら、ヴィンセントは結局頷いた。
彼女に引きずられてみるのも悪くない…そんなことを考えている自分に、少々驚きながら。
寄り添うように眠りに落ちた二人を乗せたまま、飛空艇の夜は静かに更けてゆく…。
F i n..
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