Spiral Serenade scene1
SaGa Frontier
紛うことなきその天分を 二つに分けたるは 神か 人か
生まれたがゆえの宿命を 生くるがゆえの宿命を
双つの身体に背負わせたる 皮肉なる習慣-ならわし-
裂かれた精神 裂かれた身体 もとは一つゆえに
求めるものも 目指すものも すべては等しく
互いに殺し合うことでしか 血の絆を見い出せぬ
哀れなる双子の 背合わせたまま 堕ちたるを…
scene 1
煌々とした月明かりが、部屋を明るく照らしている。
マジックキングダムにある宿のテラスで、彼はぼんやりと空を見上げていた。
完全な球の形をした満月が、青銀色に空を染める。こんな夜は、ふらりと散策にでも出かけたいところなのだが…
(…双子の、掟…か)
白金の月に向けた視線を動かさぬまま、彼は深々と息を吐き出した。
修士としての修了式が終わってから、一日として経ってはいない。そう、双子の片割れを……血を分けた兄弟を、自らの手で殺すように宣告された、あの瞬間から。
(術士としての完成…そのために手段は選ばない…)
俯いた頬に、乳白色の髪がかかる。
整った、精悍と言うよりはむしろ美しいと言った方が雰囲気に合う…そんな顔立ち。その名に相応しく暖色系の衣を纏っていた。
(本当に正しいのだろうか。…双子のみに課せられる、この宿命は。)
何気なく街路を見下ろした彼の表情が、ふと訝しげに歪む。
(あれは…?)
自分と似た姿だった。深い青の魔導着を纏い、長い金髪を一つに束ねたその青年は…。
(まさか……あれが、ブルー?)
同じ日に、彼と同じく修士としてマジックキングダムを出る者。眼下を歩くあの青年こそが、宿命の相手。
「そうか…あいつが」
しらず、そんな言葉が唇から洩れた。
「あれが、ブルーか…」
その名の響きに、不思議と懐かしさがあった。出会ったところで、何の感情も抱くことはないと思っていたのに。
立場も忘れ、彼はいつしかブルーに見入っていた。ブルーが足を止め、ゆっくりと振り返ろうとするのにも構わず…
すっと、不意に雲が月にかかる。
街灯の白い灯りだけが路を照らし、そして振り返った金髪の青年を照らす。
「ルージュ」
静かに呟かれた言葉だけが、静寂を縫って彼の耳に届いた。
「…降りてきたらどうだ。」
不気味なほどに穏やかな声だった。だがそこに殺意なく、奇妙な好奇心だけが感じられた。
無言のまま頷きだけを返し、ルージュはひらりと手摺を飛び越える。夜闇の冷たさを裂いて地に降り立つと、彼は真直ぐに目の前の青年を見つめた。
髪の色こそ違うものの、自分と寸分違わぬ面立ち。まるで鏡を割ったように、そこには同じ姿をした静の存在が双つある。
佇んだまま動かぬブルーに数歩近付き、ルージュはにこりと笑みを浮かべた。
「初めまして、ブルー」
翳っていた月光が、ぼんやりとその明るさを取り戻す。どこからともなく吹いた風が、ふわりと二人の髪を靡かせた。
ルージュと同じように数歩踏みだし、ブルーもまた、唇の端に笑みを浮かべる。
「殺し合うべき宿命の相手…か」
「そのようだね」
学院を出る時に言われた言葉が、記憶の片隅によみがえる。
『兄弟を殺してこそ、真の術士となれる』
風鳴りの音が聞こえる。
月に照らされた街路で、微笑みを消した表情を凍てつかせたまま、二人はしばし見つめ合った。
やがて…
「旅の途中で息絶えるなよ、ルージュ」
ふと、ブルーが呟いた。
怪訝そうに眉をひそめるルージュに皮肉げな視線を向け、彼は言葉を続ける。
「お前を殺すのは、この私だ。」
微かに、ルージュの表情に笑みが浮かんだ。
「成程……でも」
風に乱された髪をかき上げ、その場から動かぬままに言葉を切り出す。
「キミには、負ける気がしないな」
「奇遇だな…私も同感だ」
ルージュの言葉に囁くようにそう応え、ブルーはその場から姿を消した。
リージョンを移動したのだと気付くまで、数瞬かかった。
唖然とブルーの消えた辺りを見つめ、ルージュはふと微笑んで空を見上げる。
(…分かったような気がする)
千切れ雲が、時折月を掠めて流れていく。
(宿命の兄弟…相殺される力)
風が髪を弄ぶにまかせたまま、彼は静かに瞼を閉じた。
(次に会う時は、どちらかが死ぬ時……)
先程まで心にわだかまっていた疑問は、不思議と感じなかった。ただ、課せられた宿命に対する諦めのようなものが、小さな染みでも出来たかのように生まれていた。
不意に目を開け、ルージュは唐突に踵をかえす。
すべての資質を身につけ、再び彼と相見える時こそ……生きてきた意味が問われる気がする。
そう…彼らは、そのために育てられてきたのだから。
宿へと戻る彼に、月は黙って光を降らし続ける…。
<< <戻> >>
|