Spiral Serenade scene2
SaGa Frontier
scene 2
支度を終えて学院を出ると、外は既に夜が更けていた。
一つに束ねた髪を揺らして吹き抜ける風が、肌に心地良い。月明かりさえ、今は柔らかかった。
リージョンシップの発着所へと続く道を歩きながら、彼は何とはなしに空を見上げる。
深青の空…満月の所為か、すべてを吸い込み、また消し去ってしまいそうな普段の漆黒の面影はなかった。
その空の色をそのまま映し取ったような瞳を、彼はすっと目の前に向けた。
白金の光が街灯よりも明るく街並みを照らし、夜の静けさを際立たせる。
「…最強の、術士か」
自分の言葉に立ち止まる。双子ゆえの資格、そして宿命。
(その地位を勝ち得るのは、この私だ……)
絶対とした自信があった。そのためにならば、血の絆さえ何の躊躇いもなく断ち切るつもりでいる。
その事に何ら疑問はない。そのために生まれてきたのだと…自分だけでなく周囲さえそう信じた。
流雲の所為で不意に翳った月光。街灯の白が明るさを奪い取り、風が木々を揺らして通りすぎる。
不意に視線を感じて振り返る。仰ぎ見たテラスの上。乳白色に近い銀髪の青年。
「ルージュ」
思わずその名を呟く。声に何の感情も含まれていないことに、内心驚きを感じた。
佇む青年に意志だけを向ける。微かに感じられる迷い。再び木々が、その葉を騒めかせた。
「…降りてきたらどうだ。」
知らず、そんな言葉が零れ落ちた。殺すべき相手に、不思議なことだとさえ思わなかった。
頷くと、ルージュはひらりと欄干を飛び越え、その場から動かぬ彼に歩み寄った。
その挙動に、不思議と殺意は感じられなかった。
「初めまして、ブルー」
にこり、と微笑む青年を、彼は不意に羨ましい、と思った。
自分には決して浮かべられぬ穏やかな笑みを、この青年は生まれ持っている…。
雲が流れ、月明かりが再び街灯の光を薄くする。雲を運んだ風が、地上に降りて二人の髪をも靡かせた。
「殺し合うべき宿命の相手……か。」
数歩足を踏み出し、彼もまた笑みを浮かべる。だが、それは冷徹なものだった。
「そのようだね」
頷くルージュ。轟‥‥と風が鳴る。
「旅の途中で息絶えるなよ、ルージュ」
知らず、声が口をついて出る。その後に続きかけた言葉…「らしくない」それを、皮肉げな視線に代える。
「お前を殺すのは、この私だ。」
他の誰にも、殺されることなどあってはいけない。
そうだ…誰にも、殺させない………!
「成程……でも」
娯しげな笑みを浮かべ、ルージュは風で乱れた髪を軽くかき上げる。
「キミには、負ける気がしないな。」
心の底を見透かされたような言葉だった。
その澄んだ響きに一瞬心を奪われ、返す声が掠れる。
「奇遇だな」
喉の奥が乾く。恐怖に? いや、違う。これは……?
「私も同感だ。」
言葉が途切れるが早く、その場から身を転じる。
リージョンの移動…あの場所から一刻も早く逃れたかった。あの場所から……ルージュの目の前から。
すべての術の資質を身につけて初めて、彼と対峙できる筈だった。
双子として生まれたゆえの、頑なな掟。決して破ることは許されぬ宿命。
幾度も言い聞かされ、そう信じ込んできた心が、意識の奥で反旗を翻す。
(何故…殺さねばならない)
自分と同じ姿をした修士。同じ血を受け継いだ者。
(存在だけで、互いの力を相殺するのか?)
今になって、ブルーは戸惑いを覚えていた。
自らの分身であるかのようなルージュの佇まい。たったそれだけの事が、無性に絆を意識させる。
(…莫迦な)
内心呟き、唇を噛みしめる。
(この私が…莫迦な!)
迷いを振りきるように空を見上げる。西に傾きかけた満月、紺碧の空。
月と太陽…その関係と同じようなものなのかも知れない。
ふと、そんなことを思う。
どちらとも、いつかは消えゆくもの。そして、決して同時には輝けぬ存在。
(二つを持った者が必要…やはり、不完全と言う事なのか)
互いに不完全なまま死んでゆくのなら…互いにいつかは死ぬ運命ならば、せめて……!
「せめて、私がこの手で殺してやろう、ルージュ」
迷いの消え失せた表情で、ブルーは無感情に囁く。
「そして、お前のすべてを私が引き継いでやろう。」
空から、目の前の暗闇へと視線を転じる。
「…お前が、私の内で生きられるように……」
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