幻想史話
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 時は後ユシュア暦一〇五七年──
 科学と魔法が混在する時代…
 中央都市イスィラノールは、その技術が最も発展した場所であった。
 物質的な取引は全て、テュラと呼ばれる魔科融合体を使って行なわれていた。
 青白い光を放つその光は、どこか生命を連想させた。楕円形のその形は、心臓を思い起させた。
 テュラ。
 その意味は、掛け替えの無いもの。失われてはならない、大切なもの。
 何故この様に呼ばれるようになったか、誰も知りはしない。誰も、興味の切れ端さえもちはしなかった。
 今では、テュラはほぼ地上全てに通用する通貨となった。
 それは、大切なエネルギー源でもあった。 灯油や電気がなくなった世界。魔科融合体そのものが物質を動かす力であり、光を生み出す力であった。


 中央都市イスィラノール。
 栄えた時代の面影はなく、静寂と瓦礫が支配する街。
 ある者は魔術による呪いだと言い、ある者は魔法科学融合体の暴走だと言った。またある者は科学物質の爆発の影響だと、そして過去に起こった戦争の害薬による汚染だとも。 事実は分かっていない。
 灰色の大地に点々と存在する他の街からの光が届く筈もなく、ただ夜闇と沈黙とが辺りを包み隠していた。





 暗い夜空の下で、焚火が爆ぜている。
 それを囲むのは、褐色の髪と気の強そうな榛色の瞳を持つ少年と、女性と見紛うほどの端麗で優しげな面立ちをした碧翠の髪の青年。
 二人とも終始無言のままで、ほんの時折、思い出したように焚火に薪をくべていた。
 どこかで──おそらく融合生物(ソシェア)のものだろう──獣の唸り声が聞こえる。

「…珍しいな。」

 ぽつり…と、少年の方が口を開いた。視線は焚火から動かさぬまま、言葉を続ける。

「ソシェアが荒れてんのか…。なぁ、精霊力に変動でもあったのか?」

 質問を投げ掛けられた青年は静かに頭を振り、傍らの薪を手に取った。

「いいえ…変動は何も。」

 その翠緑の瞳を物憂げに伏せ、弄んでいた薪を火の中に投げ込む。

「…元気、ねぇな。」
「…ええ。」

 再び、二人は押し黙った。
 シュウシュウと…くべた薪から煙が出ている。薪のなかの水分が蒸発しているのだ。

「イスィラノール…」

 どちらからともなく響いた声に、青年がふと顔を上げる。

「本当に滅びてたなんて、なぁ…」

 炎を見つめたまま少年が呟くのに、静かに頷く。
 その一事こそ、普段は軽口を叩き合っている二人をここまで落ち込ませている原因であった。

「魔科の力も──万能ではないということですね。」

 薪の代わりに自分の長い髪を弄びながら、青年が無感情に言葉を引き取った。
 その横顔を見るたび、本当に女のようだ…と、少年はつくづく思う。だが、それを口にすると彼の機嫌が悪くなる事は明白なので、黙っておくことにする。
 再度、獣の唸り声が響いた。

「危ねェかなぁ…」

 少年がそう呟いたと同時に今度は銃声が響き、二人は思わず顔を見合わせた。
 自分生まれた街から外に出るものなどいる筈もないこの世界で、何故銃声が響くのだろう。生まれた街を捨て、旅をするという既に失われて久しい習慣に運命を委ねるような風変わりな人間が、彼ら以外にいるとでも言うのだろうか。

「妙ですね。」

 銃声の響いた方向を見つめながら、青年が首を傾げた。

「行ってみるか?」

 言葉とは裏腹に面倒そうな少年の声に、彼はくすり、と笑みを洩らす。

「そんな気はありませんよ。」
「それを聞いて安心したぜ…」

 三度銃声が響き、獣の唸り声が咆哮に変わる。

「仕留めたかな。」
「そうですね。」

 日頃同じような戦いを繰り返しているだけに、二人の口調は冷静そのものである。尤も、その戦いに生死を賭けていない、と言えば嘘になるが…。

「物好きな奴もいるもんだな。」

 続いて少年が洩らした呟きに、青年がくす…と微笑を浮かべた。
 言うまでもないが、彼らもその物好きの部類に入るのだ。
 炎を見つめたまま、暫らく時が過ぎる。
 ──と。

「あーっ、焚火だぁ!」

 不意に、場違いな明るい声が二人の耳を射た。

「ちょーど良かったぁ。ちょっと当たらせてね。」

 声から察するに、女だろうか。駆け足気味に近付いて来た人影に、少年は思わず眉を顰めた。
 少年に似た容貌に豹のような瞳、肩から腕にかけて浮き出ている斑点、それに左手指から生えている鵬のような鈎爪。肩には、掌程度の小さな黒豹を乗せている。

「キ…キメラ手術…!?」

 ある生物の身体や頭脳の一部を移植する、魔科特有の技術。今では一般的になりつつあったが、少年が実際に目にするのは彼女が初めてだった。
 口をついて出た言葉に、少女がにっと笑って頷く。その口元からは、鋭い牙が垣間見えた。

「そーだよ。珍しいかな。取りあえず、火に当たらせてね。」

 ひょい、と自分の横に座り込んだその腰に見慣れぬ銃があるのを見付けて、少年は再びぎょっとした。まさか彼女が、先程獣と戦っていたのだろうか。
 唖然としたまま傍らの青年を見ると、彼もまた驚いたような表情で目の前の少女を見つめていた。
 少女は落ち着かなげに辺りを見回している──かと思うと、唐突に闇の中の一点に向かって手を振った。

「シルファー、こっちこっちー!」

 どうやら彼女のその瞳は、本物の獣のそれと同じように闇を見通す事が出来るらしい。
 少年が彼女が見た方向を見ていると、しばらくしてこちらへ歩み寄ってくる長身の人影が目に入った。黒い服を着ているのか、闇に紛れてはっきりしない。



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