「イスィラノールとも関わりがある…」
視線を落としたまま呟かれた言葉の意味を問い返す間もなく、部屋の奥からリュリアンの声が響く。
「シルフェルー! やっぱここ変だよ!」
培養槽の間を縫って駆け寄り、シルフェルの腕を掴んで揺さ振る。後から来るダリアンは、何処か暗い表情をしていた。
「ガラスのオリの中にソシェアが一匹もいないのっ!」
その声に、ラシュアがつと首を傾げる。
「硝子の檻?」
「培養槽のことだと。」
傍らの二人の会話にも構わず、リュリアンは尚も言葉を続けた。
「こーいう研究所って、余ったエネルギー消費するために色々入れとかなきゃいけない決まりなのにっっ!」
リュリアンが身を乗り出す度、肩に乗ったままの小豹が揺れる。しまいには、黒い小豹は彼女の肩から飛び降り、ラシュアに身を摺り寄せた。
「一つだけ入ってるのがあったんだけどね、でもそれって…っ」
「リュリア、落ち着け。」
叫び続けようとするリュリアンを押し止め、シルフェルは静かに口を開いた。
「そういうお前も好みだが、私は普段のお前の方が好きだ。」
「そーゆー問題じゃねぇだろーに…」
間髪入れず突っ込んだダリアンの声が、怒鳴り声でなく呟きだったことに、ラシュアは意外そうに彼を見た。
「何か…あったんですね。」
「ああ。ま、あいつの話聞きゃわかるよ。」
そう言われてリュリアンに目を向けると、シルフェルの言葉で落ち着いたらしく、肩で息をしながらも暴発はしていなかった。
すう…と息を吸い込み、リュリアンはシルフェルの腕から手を離す。
「…あのね、この研究所の奥に、一番大きいガラスのオリがあったの。で、遠くから見て何か入ってるなって思ったから、中を覗いてみたの。そしたら」
リュリアンは一度言葉を途切り、今度は大きく息を吐き出した。
「その中に、ソシェアじゃなくてウィンヌの変異体が入ってたの! 条例で禁じられてるのに…ねぇシルフェル、あのまま放っとくと、ここ爆発するよ!」
「…そうか。」
溜め息混じりに応え、シルフェルはすっと目を伏せた。
「このプログラムの記述通りか…」
「どういう事です?」
すかさずラシュアが問い掛けるのに、シルフェルは今まで自分が見ていたディスプレイを指し示す。
「読んでみろ。なかなか面白い事が書かれている。」
言われるままに、ラシュアはそれを覗き込んだ。
羅列されているプログラム文字。
…さっぱり、わけが分からない。
目眩を起こしかけた意識を何とか持ち直し、ラシュアはぎこちなく笑みを浮かべた。
「何が何やら、私には…」
「ちぇ…どけよ、ラシュア。オレが読んでやる。」
そんなラシュアを押し退け、ダリアンが前に出た。一人椅子に座っているシルフェルを軽く睨み、おもむろにプログラムを読み上げる。
「後ユシュア歴千二四五年、馬頭身の月…中の銀の日。実行命令、1号機から49号機の培養槽にエネルギー体を入れず、最低固定温度は…って、こんなん聞いてわかんのか?」
欠伸をしかけていたリュリアンは、急にダリアンに話を振られ、慌てて欠伸を飲み込んで首を横に振った。
「ぜんっぜんわかんない。」
あっけらかんと応えるリュリアンに、先程の錯乱していたような雰囲気は既にない。
「やっぱな。ラシュアも、だろ?」
「え…まぁ、そうですね。」
躇いがちにラシュアが応えると、ダリアンはわざとらしく溜息を吐いた。
「しゃーねーなぁ…んじゃ、要約してやるよ。」
「嬉しそうですね、ダリアン。」
呆れたように言うラシュアを、シルフェルが苦笑して見やる。そんな二人を見てダリアンは軽く肩を竦め、ディスプレイに見入った。
「…ねぇ、シルフェル。これもどっかの都市の動力源になってるの?」
ダリアンの真似をして隣のティスプレイを覗き込みながら、ふと思い出したようにリュリアンか尋ねる。
「だとしたら大変だよ? そうじゃないとイイんだけど…」
「いや、残念ながら…」
脚を組んで椅子の背にもたれかかりながら、シルフェルが応える。
「中央都市イスィラノールの予備メイン・コンピューターだ。」
「何だってっ!?」
不意をついたようなシルフェルのその言葉に、ダリアンがっと顔をあげた。
「だったら…大変なことになるぜ! ったく…イスィラノールの奴ら、一体何考えてたんだ!」
「ダリアン…」
叫ぶダリアンに、ラシュアが窘めるような声を出す。リュリアンを気遣っての事らしいが、本人は気にしていないようで…。
「そっか。だからイスィラノールの移動装置は動いてたんだね。でも、大変なコトって…早く説明してよ、ダリアン。」
「あ…ああ。」
予想に反して落ち着いていた彼女の様子に、ダリアンは毒気を抜かれたように応えた。
「このプログラムには、魔法変異体の育成実行命令が組み込まれているんだ。その魔法変異体ってヤツが、とんでもなく厄介なもんで…ほら、リュリアン、オレとお前とで見ただろ?」
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