幻想史話
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 同意を求められ、リュリアンはこくりと頷いた。いつ捕まえたものか、その頭上にはちょこんとラーシィが乗っている。
 リュリアンの傍らで、空間から手帳を取り出すラシュアの姿を認め、ダリアンは内心舌打ちした。

(どこまでも研究根性が抜けねーでやがんの…いいけどさ)

 そんなことを考えつつも、話を続ける。

「何のつもりだか、兵器としても使えるものらしいんだ。強い爆発力と意志を持つ魔法生命体…。時々イスィラノールの研究員が来て、様子を見ていくはずだったらしい。」
「しかし、イスィラノールは滅びてしまった。それで…」

 ふと口をはさんだラシュアの言葉に頷き、ダリアンは黙って話を聞いているシルフェルに目を向けた。
 黒曜石の瞳が、真直ぐに見返してくる。

「…こっからはオレの想像だ。そう思って聞いてくれよ。
 ある程度の大きさになったら育成を止める心算だったんだろうが、あいにく研究員はいない。管理が出来なくなっちまったまま、この研究所はフムログラム通り育成を続けた。イスィラノールのメインコンピューターが完全に壊れて、こっちのエネルギーを使うようになってもだ。
 意志を持つ魔法変異体のお陰で、イスィラノール崩壊の事実は何処の都市にも伝わらなかった。そんなワケで、調査隊も派遣されないまま、魔法変異体は培養槽いっぱいになるまで成長できたんだ。違うかよ、シルファ?」

 ダリアンがシルフェルに同意を求めたことに少なからず驚きを感じつつ、ラシュアはシルフェルに視線を移した。

「…シルフェル?」
「──そうだな…」

 返ってこない応えに、怪訝そうにラシュアが問い掛けた途端、シルフェルが口を開いた。

「ほぼ、私の考察と一致する。付け加えるのなら、それほどの大きさまで成長してしまったものは、育成プログラムを解除したところで安全ではないだろう。」

 視線をダリアンからリュリアンへと動かし、ふと口元に皮肉げな笑みを浮かべる。

「その上、ここの魔科力は中央都市の移動装置に使われている。兵器としての意志を持つその魔法変異体がこのままここにあるとすれば…」

 シルフェルはそこで言葉を切り、手帳を持つラシュアに目を向ける。その視線を受け、ラシュアはぱたりと手帳を閉じた。

「移動装置を使い、他の都市へと自分自身を送り込む事も可能です。それに、暴走すれば都市は壊滅…──ぁ」

 自分で言った言葉の意味に気付き、ラシュアは絶句した。驚いて顔を上げたリュリアンの視線に気付き、思わず目を伏せる。

「イスィラノールって…もしかして、そうして滅びたの…?」

 その声に翳りはなかったが、彼女の表情にはありありと不安が見て取れる。

「それじゃ、このまま放っておくと、他の都市も…?」

 リュリアンの言葉に応えるものは誰もいなかった。だが、この場にいる面々が暗黙のうちに肯定の意を発していた事は否めまい。
 漸くラシュアの言葉の意味を解したらしいダリアンが、垂らしたままの拳を固く握り締める。

「結論は一つ…だよな。」
「そうですね。」

 ダリアンの言葉に頷き、ラシュアは手帳を還元して代わりに霊杖を手にする。二人を見て、リュリアンも腰の獣を引き抜いた。

「あの変異体、壊すんだね。そしたら、他の都市も平気だよね。」
「…だといいがな。」

 唐突に響いた声に、三人ははたと顔を見合わせた。
 声を発した当の本人は、机上のディスプレイの上に頬杖をついて三人を眺めている。

「どういう意味だよ、シルファ。」

 不機嫌そうなダリアンの問いかけに、彼は無造作に前髪をかきあげた。

「魔法変異体の爆発力を侮るな…最悪の場合、死すらありうる。よしんば免れたとしても、身体への影響が無いとは思えん。」

 低く響いた声は、何の感情も含まれていない。自分たちを見上げる彼の視線が、今はひどく冷たく感じられた。

「…でもっ!」

 いつのまにか俯けていた顔を勢いよく上げ、リュリアンが口を開く。

「放っといたら大変だよ! それにアタシ、イスィラノールみたいな…そんな風になった街、二度と見たくない!」

 叫んだリュリアンを見つめ、シルフェルはすっと立ち上がった。腕を伸ばし、涙ぐんでいるリュリアンを抱き寄せる。

「すまない、リュリア。お前を悲しませる心算は無かった…。」
「おい、シルファ。」

 苛立ちも顕に、ダリアンはシルフェルが座っていた椅子を蹴った。

「一体どーしろってんだよ。死にたくねーからやらねーって!? 大体…」
「その逆だ。」
「あ…?」
「私一人で十分だ。」

 言葉を遮って言ったシルフェルを、ダリアンは呆気に取られて見やった。言っていることが普段とかけ離れすぎて、よく分からなかった。

「なん…だって?」
「シルフェル、貴方──」

 期せずして、声が重なる。二人は同時に口を噤み、シルフェルを見つめた。



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