幻想史話
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 事もなげに答えたその言葉に、ダリアンは息を飲んだ。
 ──楽しむ?
 今まで幾度も死にかけたことがあるだけに、戦いを楽しむなどダリアンには考えもつかなかったのだ。
 愕然とする彼の背後で、ラシュアが苦笑を洩らして杖を持ち直す。

「どうやら、援護に回った方が良さそうですね。」

 二人の会話を聞いて、ラシュアの方は気が楽になったようだ。彼の言葉と同時に、風が彼らの周りを守るように吹き始める。

「…来るよっ!」

 凛としたリュリアンの声が響く。剣の柄に手をかけたまま、シルフェルがすっと目を閉じた。

「危ねぇ奴…」

 短刀を握り直しながら、その場の状況も忘れてダリアンか呟いた刹那──

「右だ!」
「ビンゴぉ!」

 二人が叫ぶのと、何も無かった空間に影が映るのが同時だった。
 間髪入れず、リュリアンの爪が一閃する。短い咆哮が聞こえ、現われた獣にシルフェルが剣を抜きざまに切り付けた。
 転瞬、獣の姿が掻き消える。
 感心したように、ダリアンがひゅうと口笛を吹いた。ラシュアが杖の構えを解き、笑みを浮かべる。

「…お見事。」

 そんなラシュアに視線を走らせ、シルフェルが剣の血糊を払い、再び鞘に納めた。

「まだ、いるねぇ。」

 点々と血を落としていく姿の無い獣を眺めながら、リュリアンは呑気そうに呟いた。呟きつつも、銃を構える。

「妙な奴だな…手傷を負わせたのに逃げないとは。」
「お腹すいてんじゃない? じゃなきゃ」
「ただの獣ではない、か…?」

 何気ないシルフェルの言葉に、ラシュアがはっとして彼を仰ぎ見た。
 リュリアンは、動き回る獣の影に銃の照準を合わせようと躍起になっている。

「守護獣(ガーディアン)、ですか。」
「そのようだな。」

 事もなげに、シルフェルは相槌を打った。そんな二人の間に、心なしか不機嫌そうな顔でダリアンが割り込む。

「なぁ、カーディアンって、何だ?」
「ガーディアンです。…ダリアン、貴方」

 尋ねられた声に反射的に言い返してから、ラシュアは呆れたように溜息を吐いた。シルフェルの方は、僅かだが苦笑を浮かべている。

「まさか、知らないのですか?」
「まさかも何も…オレの故郷、そういう知識とは無縁だよ。」
「…ああ、そうですね。」

 複雑な表情でそう応えた後、ラシュアは手にした霊杖をくるりと回転させた。

「それじゃ、説明します。」

 リュリアンはまだ照準を合わせている最中で、側にいるシルフェルは油断なく辺りに鋭い視線を向けているというのに、呑気なものである。それが、この二人の実力を信頼してのものなのかどうかは分からないが。

「守護獣には大きく分けて3タイプあります。先ず、魔科によって生み出された改造生物(ソシェア)が何者かの命を受けてある場所を守っている場合。もう一つは、純魔法学の固体創造と生命創造によって作られた魔法生物(ウィンヌ)。これは創造する際に古代語で脳そのものに命令を組み込むため、ソシェアと違って相手を死亡させなければこちらを攻撃することを止めません。それと、これは精霊力に反するもので…」
「だぁぁっ、もういい!」

 うんざりした声で叫び、ダリアンは頭を抱え込んだ。ラシュアはというと、困ったような楽しんでいるような表情で彼を見ているだけだ。

「オレ…知恵熱起こしそう…」

 呻くような言葉に、シルフェルが苦笑を洩らす。だが、その視線はリュリアンに注がれていた。

「てぇいっ!」

 唐突に、リュリアンが叫んだ。続けて轟いた銃声に獣の悲鳴があがり、消えていた姿が染みだすように現われる。

「やっりぃ!」

 無邪気に喜ぶリュリアンから、地面に倒れ伏した獣に視線を移し、シルフェルは剣の柄から手を離した。
 獣の喉を貫いて、光化テュラの残光が薄く光っている。

「見事だ、リュリア。」
「へへ、すごいでしょ。」

 得意そうに銃を掲げてみせる仕草は、子供のようだとシルフェルは思う。それが、あのような外見に関わらず、彼がリュリアンを気に入っている要因の一つであることに、彼は気付いているだろうか。

「あれ…ねぇ、ダリアンどしたの?」

 銃を納めて獣の側に歩み寄りながら、リュリアンは頭を抱え込んでいるダリアンに気付いてシルフェルに目を向けた。

「知恵熱、だそうだ。」

 口元に笑みを漂わせ、シルフェルが口を開く。

「守護獣(ガーディアン)というものが分からないらしくて、な。」
「ふゥん。」



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