幻想史話
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 結局、朝まで起きていたのはリュリアンだけだった。
 言うまでもなくその間シルフェルの姿は見えず、リュリアンの心にもそろそろ不安の兆しが見えてきていた。

(みんな疲れてたんだよねぇ…)

 足元で丸くなっているラーシィに目をやり、リュリアンは溜息を吐く。

「アタシも疲れてるのに…シルフェル…」
「済まなかったな、リュリア。」

 冗談半分に何気なく愚痴った言葉だったが、その言葉に応えた声に、リュリアンは驚いて振り返った。

「シルフェルっ!」
「遅れてしまったな…すまない。」

 見上げた視線の先に、顔の左半分をその黒髪で覆い隠し、長剣を手に微笑むシルフェルの姿がある。

「シル…シルフェル、アタシっ」

 立ち上がって叫ぶリュリアンの声に、ダリアンとラシュアが目を覚ます。

「遅いよっ! 待ってたのにっ!」

 抱きつかんばかりのリュリアンと、目の前に佇む黒髪の青年を見やり、ラシュアは驚きつつもにこりと微笑んだ。

「シルフェル、心配しましたよ。」
「よく言うぜ。真っ先に寝てたくせに。」
「そ…っ、それは…っ!」

 狼狽するラシュアを楽しげに見つめ、シルフェルはリュリアンに視線を戻した。

「リュリア…約束したな。」
「うんっ! ちゃんと返したからね!」

 剣の鞘を渡し、その勢いでリュリアンはシルフェルに抱きつく。

「良かったぁ…シルフェル、無事で…」

 その言葉に苦笑を洩らし、シルフェルは無造作に顔の左半分を隠していた髪を退かしてみせる。

「些少、影響は受けてしまったが…な。」

 怪訝そうに彼を見返したリュリアンが、はっと息を飲む。
 黒曜石の瞳は紅玉の輝きへと代わり、頬には虎のそれのように模様が浮かんでいる。

「げ…シルファ、なんだよソレ?」

 唖然とシルフェルを見つめるダリアンの問いに、シルフェルは苦笑したまま応える。

「言った通り、魔法変異体の影響だ。…ダリアン、魔科はこのような影響をもたらすこともある…覚えておく事だな。」
「な…っ、何だよ、いきなり?」

 狼狽えるダリアンに苦笑ではなく微笑みを向け、シルフェルはラシュアへと視線を移した。

「…似合わないか?」

 硬直しているラシュアに、そっと問い掛ける。

「私としては、気に入っているのだが…」
「ねーねーラシュア、シルフェルとアタシとおそろいだよねっ!」

 何処かずれたようなリュリアンの言葉に、ラシュアはやっと身体の硬直を解いた。

「そ…そうですね。良いのでは、ないでしょうか。」

 ラシュアは引きつった笑みを浮かべてそう応え、ふと考え込んでいるダリアンに意識を転じる。

「…ダリアン?」
「なぁ、ラシュア。」

 問い掛けた途端、ダリアンが顔を上げる。一瞬ラシュアの背後にいるシルフェルとリュリアンに目を留めたが、気にせずに言葉を続ける。

「精霊を使った都市っての、可能か?」
「は…?」

 唐突に何を言い出すのかと、怪訝そうに眉を顰めるラシュアに、ダリアンは重ねて言う。

「だからさ、ほら…シルファみたいな悪影響があるなら、魔科って危険じゃないか。」
「それはそうですけれど、それで何故精霊を?」
「だから精霊都市を…」
「アタシそれ賛成っ!」

 二人の会話に、漸くシルフェルから離れたリュリアンが声をはさむ。

「ダリアン、アタシも手伝うねっ!」
「お…おう。」

 リュリアンの申し出に、ダリアンは思わず頷く。頷いてから、未だに状況が掴めていないらしいラシュアに声をかける。

「要するに、精霊と人間と共存する都市だよ。手伝ってくれるだろ?」
「ああ…そう言うことですか。」

 得心が言った、と言うように、ラシュアは微笑んだ。

「勿論、手伝わせて頂きますよ。」
「よっしゃ、決まりだな! じゃ、皆でオレの村まで行くぜ!」

 叫ぶダリアンに、左目を顕にしたままでシルフェルが歩み寄る。

「無論、私も含まれているだろうな?」
「そりゃ、な。」

 ダリアンはきっぱりと頷いた。
 その声に躊躇いは無い。

「あんたも…オレ達の仲間だろ。」

 その言葉に、ラシュアが意外そうにダリアンを見る。それと気付き、ダリアンは照れたように頭を掻いた。

「行くぜ!」

 拳を突き上げ、叫ぶ。小豹を肩に乗せたリュリアンと共に、ダリアンは歩きだした。
 ラシュアとシルフェルは顔を見合わせ、そんな二人を追って同じように歩き出す。

「ところで、シルフェル。」
「…どうした。」
「随分戻るのが遅かったですけれど…何かあったのですか?」
「ああ…それか。」

 二人の会話に、ダリアンが歩みを止めて振り返る。

「フ…ただ、身仕度を整えるのに時間がかかってな。」
「んな…てめっ」

 不意に声を発したダリアンに気付き、ラシュアはすかさず耳を塞いだ。

「バッカヤロォォ!」

 怒鳴るダリアンに、リュリアンが笑いだす。つられてダリアンも笑いだし、シルフェルとラシュアは再度顔を見合わせてくすりと微笑みをかわした。
 再び歩き出す彼らを、涼やかな風が包み込む。
 灰色に覆われた大地の上で、風だけはいつまでも、虹色に透き通って吹いていた。


= The End =



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