幻想史話
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「…前ユシュア歴の帝国遺産。後ユシュア歴の人間の遺物。」

 唐突に何を言い出すのか、と自分を見るダリアンを見下ろし、シルフェルはふと微笑んだ。

「それが遺跡だというなら…入口は、そこにある。」

 すっと指差した先には、岩の影に隠されるようにしてある梯子があった。

「…お前なぁ」

 示された方でなくシルフェルを睨みながら、ダリアンが溜め息混じりに言う。

「分かってんなら最初から…」
「フッ、若いな。」

 漆黒の髪を掻き揚げ、シルフェルは既に駆け出しているリュリアンを見やった。

「急いては事を仕損ずる…。そうだろう、ラシュア?」

 そう呟き、妖艶な笑みをリュリアンからラシュアへと向ける。

「恋の手管もそれは同じ…」
「さ…さぁ、行きましょうかっ」

 唖然とするダリアンを置いて、ラシュアはシルフェルから逃れるように歩きだした。その後を追って、シルフェルが続く。

「…って、オイ。」

 一人取り残された形の少年が、呆然としたまま声をかけた。

「ちょっと待てよっ」

 無駄だとは思いつつ、叫んでみる。

「オレを無視して行くな、オメーらっ!」

 案の定足を止めようともしない仲間を睨み、些か大仰に舌打ちをすると、彼は結局三人の後を追って行った。




 梯子をおりたそこは、円形の小部屋になっていた。魔科の力か、天井が光を発して陽光の差し込まぬ部屋を明るく照らし出している。
「何だろ…ここ。」

 ぱしぱしと壁を叩きながら、リュリアンがふと呟く。

「何か…アタシ、見たことある気がする。」

 薄緑色の壁。壁も床も、堅いようで柔らかい、不思議な物質で創られている。

「どこで見たのかなぁ…。」

 梯子の丁度反対側にある扉に歩み寄りながら、リュリアンは不思議そうに首を傾げた。

「絶対見たと思うんだけどなぁ…」

 そんなリュリアンに近付きながら、ダリアンが口を開く。

「なぁ…リュリア、お前イスィラノールの出身なんだろ?」
「うん」
「そこで見たんじゃねーの?」
「あ…っ」

 その言葉に、リュリアンがぽんと手を打ち合わせる。その音に驚いて、彼女の肩から飛び降りるラーシィにも構わず、リュリアンは

「そーだよ! あそこの地下研究所! これと同じよーな作りだよ。ねーシルファ、ドア開けよ! 何かある気がする!」

 一気にそうまくしたてるが早く、壁に寄り掛かっていたシルフェルに駆け寄り、引きずらんばかりにして扉へと近付く。
 そんな二人を面白そうに見やり、ラシュアは半ば呆然としているダリアンに歩み寄った。

「珍しく冴えてましたね、ダリアン。」
「…珍しく、は余計だろ。」

 ぶすっ、とした表情を変えぬまま、ダリアンは睨むように扉の前の二人を見つめる。その視線に何かを感じ、ラシュアはふと含み笑いを洩らした。
 ほんの少し、意地の悪い笑みを浮かべて口を開く。

「仲が良いですね…あの二人は。」
「うるせぇな。」

 間髪入れず。

「お前には関係ないだろ。」
「貴方にも関係ないでしょう?」
「っせーな! いいんだよっ!」

 不機嫌そうに言い、ダリアンはふいと外方を向いてしまった。

(おやおや…)

 予想以上に分かりやすい反応に、ラシュアは思わず苦笑する。

(こういう所は素直なんですがねぇ…)

 不貞腐れたように壁に寄り掛かるダリアンから、ついとリュリアン達に目を向ける。

(さて…どちらに向けられたものであるのやら。)

 口元に浮かんだ苦笑を普段の穏やかな微笑みに変え、ラシュアは足元にじゃれついて来たラーシィを持ち上げて二人へと歩み寄る。

「開きそうですか、シルフェル?」
「ああ…そうだな。」

 片手で黒豹の背を撫でながら問い掛けるラシュアに、シルフェルはパスコードを打ち込む手を休めて彼を見上げた。今朝のことがあるだけに、ラシュアは我知らず身を引く。

「何か…?」
「いや、わざわざ気遣ってくれたのか、と思ってな。」
「あ、いえ…」

 ラシュアとしては、苦笑するしかない。もとより、そんなつもりで声を掛けたわけではないのだ。
 自分を見ているダリアンの冷たい視線を感じつつも、ラシュアはシルフェルに寄りかかるようにして座り込んでいるリュリアンに目を向けた。にこり、と微笑み、腕に乗っていた彼女の小豹を差し出す。

「忘れものですよ、リュリア。」
「ありがと、ラシュア。」

 無造作にラーシィをつかみ、リュリアンはひょいと肩に乗せる。



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