幻想史話
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 左手の鈎爪で無造作に獣の肉を引き裂きながら、リュリアンが小首を傾げる。その手元で小豹のラーシィが獣の血を舐め、それを器用にも吐き出している。どうやら、美味しくなかったらしい。

「ガーディアンってね」

 引き裂いた喉元から獣の骨を取出し、ラーシィに投げ与える。それと見て、ラシュアが口元を押さえて顔を背けた。

「魔法とか、魔科の力で何処かを守るように命令された生きものだよ。」

 内容として、先程ラシュアが長々と述べていた事とほぼ同じである。ただこちらの方が、遥かに簡略化されているが。

「…何だ。」

 気抜けしたような表情で、ダリアンがはっと息を吐く。傍らのラシュアの様子を見て取り、引きつった笑みを浮かべる。

「っとに…おまえはっ」

 言うなり、ダリアンはラシュアの髪を掴み取った。

「た…っ、何をするんですか」
「っせェ! いちいちややこしいことを」
「貴方が分からないと言ったのでしょうに」
「だからってあんな長々と説明する奴があるかよッ!」

 唐突に始まった背後の喧騒を歯牙にもかけず、リュリアンは獣の傍らにしゃがみこんで裂いた肉の匂いを嗅いでいる。

「ウィンヌの肉って食べられるかな。ねぇ、ラーシィ。」

 食べさせてみようとでも言うのだろうか、手元の小豹の鼻先に肉片を近付ける。小豹は取りあえずひくひくと小さい鼻をうごめかし、やがてふいと顔を背けた。

「うんうん、おいしくなさそーな匂いだよねぇ。」
「ウィンヌの肉は私も口にした事が無いな…」

 本当に、呑気なものである。守護獣がこの場所を守っていた、と言う事だけでも、色々と探索する価値はありそうなものなのに。

「お腹空いたよねぇ。」
「食べてみるのか?」
「ん〜?」

 片手でラーシィを撫で、片手で肉を弄びながら、リュリアンは上目遣いにシルフェルを見た。

「シルフェルは?」

 にぃ…と、唇の端から牙を覗かせる。たじろいだようにシルフェルは身を引き、それでもゆっくりと頭を振った。

「遠慮しておこう。」
「そっかぁ…ねえラシュア?」

 口喧嘩が一段落した様子のラシュアに矛先を向け、リュリアンは笑みを浮かべたまま肉を差し出す。手櫛で乱された髪を整えながら、彼は怪訝そうにそれを見やった。

「食べない?」
「…は?」
「ウィンヌの肉。」
「…結構です。」

 一瞬にして、ラシュアの表情が引きつる。口にしたことでもあるのだろうか、気付けばダリアンも眉間に皺を寄せていた。

「腐った味がするんだよな…」

 知らず呟いていた声に、リュリアンが微妙に顔を歪める。

「腐った…やーな感じ。」

 言うなり、ぽいと肉を放り捨てる。安堵の溜息を吐いたラシュアを見て、シルフェルがくすりと含み笑いを洩らした。

「シルフェル、何かない? お腹空いた。」
「生憎だが…」
「ええー!? ねえダリアン、何かないの? ラーシィ食べちゃうよ?」

 座ったまま、自分より背の低い少年にまとわりつく様子は、本当に子供のようだと、シルフェルはまた思う。そう言えば、彼女のこう言った性格のおかげで、今まで退屈はしなかったな、と。

「…なぁ、空腹を満たすものはねーけどさ」

 ふと、彼と出会ってめっきり無口になった少年が口を開いた。その視線は、ウィンヌの死体に注がれている。

「好奇心を満たすものはありそうだぜ。」
「ふぇ?」

 とぼけた声をあげたのは、当然リュリアンである。その口元には、ばたばたと暴れているラーシィの尻尾がくわえられていた。

「あに?」

 尻尾を放し、不快げにちょっかいをかけてくるラーシィを片手で弄びながら、リュリアンは改めて尋き直した。

「何か面白いコトあったの? …あてっ」

 唐突に彼女が声を上げた。弄んでいたラーシィに、鼻先をぶつけられたらしい。

「お…っ、面白いっつーか…」

 込み上げてくる笑いを必死で堪えながら、ダリアンは震えそうになる声をやっとの思いで押し出した。

「ガーディアンが…ここにいた理由をさ。」
「そりゃ、ナニかを守る…あっ!」

 はたと思いついたように、リュリアンが手を打った。その拍子にラーシィが彼女の腕から落ち、間一髪のところでひらりと着地する。

「そっかぁ…何か秘密があるんだね。」

 ダリアンから視線を反らして、リュリアンは立ち上がった。何かを探すように背伸びをし、首を傾げる。

「どした?」
「んん…入り口無いよね。」
「は?」

 唐突な言葉に、ダリアンは怪訝そうに眉を顰めた。
 それと見て何か言いかけるリュリアンを制し、今度はシルフェルが口を開く。



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